やあ皆さん、お久しぶりでございます。
今年も残すところ、あと4日あるかないかですね。
仕事やプライベートが多忙を極め、結局12月も、2回しか記事を更新できませんでしたね。大変申し訳ない。
某巨大掲示板にも、
「ムンクさんブログの更新が1か月以上ないけど、何かあったんだろうか」
なんて書かれてしまいましたが(笑)
今のところなんとか生きておりますよ。
さて、皆さん、「内観」というのをご存知ですか?
これは日本に古くからある、瞑想法のひとつです。
さらに詳しいことは、皆さん自分で調べてください。
僕も実際に受けたことないので、よく知りません(笑)
さて、この内観について、僕のマイミクさんでもあり、
ブログ「みどりの道」
の著者でもある、まきさんという方が、この内観について、とてもわかりやすい説明をしてくださってます。
とても素晴らしい記事ですので、僕のこのブログでも引用してご紹介したいとおもいます。
……えっ?
自分で記事を書かずに、人のブログの記事を引用して、手抜きしてお茶を濁そうとしてるんじゃないかって?
あのねえ、例え事実や本当のことだとしても、みなまで言わないというのが、オトナの配慮というものですよ。
みんないいオトナなんだから、わかってるね?
ってことで、以下、まきさんのブログからの引用です。
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内観……自分自身を見つめること。
苛立ちや、わだかまり、嫉妬や、批判などの否定的感情や思考が湧き上がる根本を見つめる作業が内観ということ。
精神世界を学んでいても、スピリチュアルに触れていてもこのやり方を知らない人が多い。
ヒーリングなどももちろん良いけれども、同じ場面に出くわしたとき、再び同じ否定的な選択を選んで観念を抱えてしまう……なんてことはよくあることです。
ヒーリング受けた直後や、気分がいいとき、余裕があるときなどは、なんでも赦せるものですが、そうでないときは赦せなくなるものです。
心の余裕、リラックス、ゆとりといったものが如何に大事なのかは、知識で理解できるものの、実際にそれができるかどうか? と問われると現実の忙しさにかまけてできない事が多かったりします。
その忙しさが緊張を生み、ヒーリングで出来た心の余裕を詰めてしまい、結果対処できない否定的な反応に繋がります。
結局、根源的な観念の根っこを探り当てて、一つ一つ解放していくことが大切です。少なくとも、心が揺さぶられても、すぐに元の中庸の意識に戻ってこられる状態に意識をシフトできることが大事です。
内観法は最悪を想定して連想をしていくというもの。
「あの人が赦せない」という気持ちがあるなら、「もし、赦したら最悪どうなってしまうか?」と自分が警戒している物事に意識を向けてみるのです。
腹立たしい、苛立つ、どう考えてもおかしい! と感じる事柄には理由があるものです。
赦せない理由が隠されています。
そこに意識を向けて、探る気持ちを持つのです。これは自分の中にある「恐れ」と向き合う作業になるため、あまりやりたくないものです。
「赦したらどうなる?」という問いかけでしら、「イヤ、絶対赦せない」と赦すことすら連想できないこともあります。頭の中の空想でも、たと
え話で逢っても、「赦す」連想ができないようであれば、自分と向き合いたくないと宣言しているものなので、観念を見つけ出すことは無理です。
頭の中の出来事だから、赦す仮定を連想したところでなんてことはないのです。そのシュミレーションができるか? どうか? がひとつのハードルとなります。
身内が悪い事をして、その人を赦したら最悪どうなるか?
悪いことをする身内が、私の大切な人たちを不幸に陥れていく。
それから? さらに最悪な事態は?
大切な人が、私が悪い事した人の身内だと責められる。
それから?
身内の問題だから、その悪いことした人を罰する必要がある。
それから? 一番嫌なことが起きるのは?
身内に手をかけること……。
……例え話です。身内に悪い人がいたとき、その身内を自分で殺めなければならないことがあり、それを悔やんで自分を責めている場合、現実を受け入れていないと言えます。
嫌なことを仕方が無くやるしかなかった。
感情は嫌、思考は社会的制裁を身内が行うような世界だと理解していて、社会的な繋がりを大切にするあまり、非人道的な行為をしてしまった。
多くの場合、それは「後悔」として自分を責める結果になる。自分で悪い事をしたという罪意識が、自分を責めることに繋がり、その内面が外側に現れ、身内に悪い事をする現象として見せつけられる。
その身内を赦せば、自分も赦されるものだが、赦せないと外に意識を向けている限り解放されない。
「あの人の意識低いから、嫌だよね~」と思うなら、それは自分のことを言い表しています。
「迷いの道に堕ちているから、しばらく放っておこう」と思うなら、それも自分のことを言い表していることを考えてみるのです。
意識が低いことも、迷いの道に入っているとしても「悪い」わけではない。
もちろん、悪くないと知識では思っていても、腹の底では「軽蔑」があれば、それは知識でしかなく、腑に落としたものではないため、批判という分離意識でしかない。
内観というものは、苦手な方向に意識を向けて、探っていくもの。
「あの人が嫌い」
嫌いだから嫌いで終わり。という考え、発想ではいつまで経っても、自分の観念に気がつけないというものです。
「嫌い」と訴える気持ちがあるのであれば、潜在意識はそうでないことが連想できます。
「父が嫌い」「母が赦せない」と非道な親を憎み、誹り、訴え続けているのが分離意識であるなら、元の側の意識はその逆の父も母も「大好き」とか「親を敬うべきもの」という意識が根ざしていることに気がつく必要がある。
内観は訓練を重ねて身につけていくものだから、「これです」とすぐ覚え、使いこなせるものではないです。やり続ける必要があります。
マインドは逃げる性質と、我慢する性質があるので自分の観念がどちらに向いているかを知る必要があります。
人の言うことの方が正しいから、自分が間違っていると思う性質ならその逆をやること。
自分は正しく、相手がやっかみで言っているに過ぎないと考えてみる。
相手は自分を妬んで批判しているから、聴く必要が無いと思う性質ならその逆をやること。
相手の言うことが正しく、自分が変なこだわりに縛られているに過ぎないと考えてみる。
精神世界では、自分が出来ていることを受け取り大丈夫だと錯覚しがちな情報が多い。
なぜなら、ひとつの説明の仕方しか載せないから。
「逃げている人」には、「立ち止まって自分と向き合いなさい」が適切なアドバイスとなるし、
「我慢している人」には、「頑張らなくていいから、放棄してしまいなさい」が適切なアドバイスとなる。
真逆のアドバイスになるから、弱いマインドと同じ事を説明してくれる情報に乗っかって「自分は大丈夫」と勘違いしてしまうのです。
だから常に苦手な方に、答えがあるということです。
考えてもいないことを考えられるからこそ、思考のループから抜け出せるのです。
内観は、違った角度から見ること。俯瞰して客観的に見ること。自分を疑うことなどが大切になります。
そして我が侭になることを赦して考えてみることです。
理性の蓋を外すのです。
感情だけにしたとき、不満や悲しみが吹き出してくるのを感じたら、それに委ねて全部吐き出しきる体験をしてみてください。溜めたエネルギーを解放することで、気づきに繋がることがあります。
理性的な人ほど感情的になり難いものです。押さえ込んでいた気持ちを解き放つことも内観のひとつです。
内観が分からない方は、コメントをください。
自分が余所を向いていることを伝える事ができると思います。
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いや~、とてもいい記事ですね。
内観を受けたことがない人でも、この記事を読みながら、自分でプチ内観体験をできると思います。
とても素晴らしい経験になるのではないでしょうか。
ちなみに、僕自身は内観を受けたことがありませんが、僕が最近のトークライブや「夢駆塾」などで、ヘミシンクを使ってやってるセッションも、この内観と似たような内容をやってました。
泣き出す人も何人もいたりして、なかなか感動的なものでございましたよ。
来年は、もっとブログも頻繁に更新しようと思っております。
また、トークライブも全国でやりたいな~。
特に、札幌にお住まいの方、ぜひ僕のトークライブを、どなたか企画してくださいませm(。。)m
僕は日本全国喜んではせ参じますので。
そして来年こそ…
2冊目の本を出すぞ~~~!!!
全然構想もなければ、原稿だって1文字も書いてないけど…。
クスッ(←鬼が笑う声)
て、ことで、皆様よいお年を! そして来年もよろしくお願いいたします!!!
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